僕は 『コレ』 を何と呼べばいいのだろう


知らない。僕は知らない。


感じたことのない感情


一体 『コレ』 に僕は何という名を付ければいい?


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県内でも優秀な高校だといわれている
名門私立東郷学院の入学式が今日行われる。

僕は、この学院へ入る為に一生懸命勉強をして
やっとの思いで入学出来た。

周りからは 「君なら簡単に入れるよ」 と言われ続けていたけど
実際…僕はギリギリの方だったんじゃないかと思う。
だから、その言葉は努力をしていない人からしたら何ともないことだけど
自分自身にとっては、とてつもないプレッシャーと苦痛の言葉だった。

だからこそ、僕はこの学院に入学することが出来て本当に
嬉しかったんだ。頑張っていこうと思った。
なのに……今日はそのスタートの大事な日なのに……


「どうして、今日に限って……」

僕は自分に呆れたように溜息を吐いた。
小さな痛みを感じる自らの胸に手を当てて自宅の
ソファに腰掛けた僕に母は心配そうに声を掛けてくれた。

「大丈夫?顔色が悪いわね…やっぱり今日は休んだ方が…」
「駄目だよ。今日は入学式なんだ、大事な日なんだよ…」

母の言葉を遮る様に僕は言葉を口にした。
少し驚いたように目を丸くする母に安心させるよう
笑顔を作って最後に一言声を掛け僕は家を後にする。


「行ってきます。」




学院は僕の家から歩いて10分という所にある。
校門には既にたくさんの人々が群がっていた。
全て、今日の日のために一生懸命勉強をして入ってきた人達だ。
僕と同じ。この学院へ入る為に。

この学院は他の学校と比べれば校則はあまり厳しくない。
髪の色だって自由に変えれるし、制服もキチンとしていなくてもいい。
ピアスやネックレスなどの装飾品をつけても文句を言われない。
だからソレが目当てでこの学院へ入学してくる人が居るということを聞いたことがあった。
はっきり言って…僕は、そんな人たちが大嫌いだ。

勉強が一番だとは言わない。

でも、そんな"格好"だけの為に入学してくるなんて
一生懸命勉強をして落ちた人に申し訳ないとは
思わないのだろうか、という疑問を抱いてしまう。

そんな事を考えていたせいか
沢山の生徒が群がる中でも一際、目立つ存在の人を見つけた。
胸に入学者であるという資格の花をつけていない。
多分、新入生を案内する上級生なのだろう。

「本当、この学校入れたのは奇跡だって。絶対、駄目だって思ったモンなぁ」

その言葉に僕は足を止めて遠くから僕は耳を澄ました。
赤い髪が横に撥ねていて制服を緩く着こなしている姿を見て
僕の嫌いなタイプだと一瞬で判断してしまった。

「でも、俺みたいなのが入れるってことは、ここの学校も大したことないのかもな〜」

その言葉が凄く耳に残った。


―――――大したことない?


この学院へ入る為にどれだけの人が涙を流したか
貴方は考えたことがあるのか、と問い掛けたかった。
でも、僕にはそんな勇気はなくてただ見ていることしか
出来ない自分も……嫌いになっていく。

心なしか体調が酷くなっていた。荒い呼吸。
僕は今、どんな表情で立っているだろう。
フラフラと覚束ない足で前へ進もうとした
その時、後ろから声を掛けられた。

「おい。大丈夫か〜?」
「大丈……」

大丈夫です。そう言おうとした口は開けたまま固まった。
それもそのはず、先ほど僕が睨んでいた相手が話し掛けてきたのだから。
案の定、言葉を止めた僕を彼は不思議そうに見てくる。
見ないで。それ以上、見ないで。



"僕は貴方みたいな人は嫌い"



「平気です。」

頬を伝う汗をグイッと袖で拭う。
ヨロヨロとした足取りで彼から離れよう僕は歩き始めた。
サンサンと照らしてくる太陽の光を受け僕は目の前が
真っ白になって体から力が抜けていくのを感じた。
あぁ、僕は倒れたんだ。

「――ぅえッ…!?ちょ………えぇッ!?」

誰かの慌てる声が聞こえたような気がする。





次に目を覚ましたのは白い天井が見える部屋。
一瞬、病院かと思ったけど学校特有の保険医さんが座っていたから
ココは学校内の保健室なんだと確信できた。

「あ。先生〜コイツ目ぇ覚ました〜!」
「病人をコイツ呼ばわりしない。」
「はぁ〜い……」

保険医と生徒の会話が耳に届く。
僕は体を起こしてまだボンヤリとする頭を軽く振る。

「僕は……」
「軽い貧血ですよ。入学式の緊張からきたものでしょうね」

保険医と思われる先生は漆黒の長髪を一つに緩く縛って眼鏡を掛けていた。
男性なのに何処か魅惑の雰囲気を漂わせていて少しドキッとしたかもしれない。
そして、僕のすぐ隣に座っていた人は恐らく僕を運んでくれた人――……?

「大丈夫か?俺の目の前で倒れたんだぞ、お前〜」
「あ……あの……」

いちいち、語尾を伸ばす彼。僕が先ほど校門で見ていた人物だった。
僕はどうしようもない罪悪感に包まれた。
助けてもらったのに、やっぱり僕は彼の姿を見れなかった。
見たら嫌な気持ちが湧き上がってくるから。

"嫌だな…"

僕自身に対しての言葉。
自覚していた分、目の奥が熱くなっていくのが分かる。

「なぁ、お前。新入生だろ?俺が校内案内してやるゾ〜」
「え?」
「だって、このまんまじゃトイレとか食堂とかの場所がわかんないだろ〜?」

ずっと俯いていた僕はその言葉に顔を上げた。
自然と何故か涙は頬を伝い、それから止まらなくなった…ポロポロと。

「ぅわッ…な、何でお前泣いてるんだよ〜!」
「御櫻君。病人を泣かさないで下さい」
「ち、違うって!先生、誤解だってば〜!!」

御櫻。それが彼の名前らしい。
零れ落ちる涙を必死に手の甲で拭いながら僕は声を縛り出す。

「ご、……ごめ…なさ…」
「へッ!?」
「僕……僕…」

見た目だけで人を判断していた自分が恥ずかしかった。
謝ろうとしても言葉にならなくて。それでも僕は彼に謝りたかった。

こんなに親切な彼。
こんなに優しい彼。

「んー……よしッ!なんかよく分かんねぇけど、まずは食堂行こう!」
「え…?」
「腹が減っていると、泣きたくなるモンな〜」

"にゃはは"と、可笑しげに笑う彼。
何も理解していないのに僕を気遣ってくれて本当に嬉しくて。
涙は止まり笑顔が今度は零れた。

「あの……僕、藤崎智……です」
「ん?あぁ、名前か〜俺は御櫻翔だぞ〜」


そして、また笑い出す彼。


なんて眩しいんだろう。
トクントクンと鳴り出した僕の胸。



―――これは何?



手を繋いで僕らは校内を歩いた。
勿論、御櫻先輩に案内をしてもらう為だけど。
それがとても嬉しくてくすぐったくて。

この気持ちは何だろう。





「まったく……微笑ましい限りですね」






END